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続・ブログ宗教論

あ、前回の続きです。(ワルノリです)

ある程度の期間ブログをやっていると、人々は自らが堕落してしまったことに気が付く。更新の頻度が落ちてきたり、内容がワンパターンのやっつけになってきたり。仕方のないことではあるのだが、中には「これではいかん!開設当時の熱い気持ちを忘れてしまっている!」とコンテンツの見直しをしたり、ケータイからも画像を投稿してみたりする神も現われる。これをブログの宗教改革と呼ぶ。改革者はルターやカルヴァンにも似た大いなる支持を受け、新しいブログとしてブレイクする場合も少なくない。

ブログ内のコメント欄で紛争が勃発することもままある。いわゆる宗教戦争がこれにあたる。これは信条に基づく戦争であり、相手を論破することこそが神の意思であり、自らのブログ勢力を拡大することは正義である、とゆージハードにほかならぬため、一旦戦争が起きるとそのコメント欄は泥沼化する。ジハードにおける攻撃の手口は、もっぱら「言った言わない」の挙げ足取りであるが、これがどーしてなかなか血なまぐさい戦法で、古くは十字軍との争いでも用いられたことは有名である。

さて、ブログには「炎上」とゆー現象がある。おびただしい数の批判的コメントによってブログが埋め尽くされる状態であるが、これこそまさしく宗教を彷彿とさせる現象ではなかろーか。そう、延暦寺の焼き討ちである。ブログの神を否定するためには、信長の如く冷血無比なる所業を余儀なくされるのだ。くわばらくわばら。

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もうヤメます。ごめんなたい。

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