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ブログ宗教論

ウェブ世界に蔓延するブログとその周辺の人々(書き手や読み手)を傍観していると、脳裏にうっすらと「宗教」の二文字が浮かんでくる。

ブログそのものが何かの宗教の教団で、書き手が好んでテーマにしている内容(いわゆるブログネタ)が教義の中核を成している。宗教ごとに戒律や儀式があるのと同じように、ブログごとの戒律にも似たモノ(いわゆる空気読め)があったり、記事が上書きされる度に信者がコメントを書き込むという儀式が存在している。言うまでもなく、書き手は開祖あるいは神そのものである。

現存するブログはいくつかの宗教のパターンに分類されると思われる。

1.一神教

神は唯一無比なるもの。すなわち、当該のブログに信者たちがすべてを捧げる様式である。いわゆる人気ブログがこれにあたる。とーぜんのことながら、記事にたいする賛美のコメントが怒涛のよーに書き込まれ、信者たちの神の寵愛を受けんと必死な様子が伺われる。神は優しく、あまねくすべての子羊たちに声をかけるのが常である。(レスをするってヤツ)ごくまれに、神の存在を著しく否定するよーなコメントが書き込まれると、ご本人の登場を待つまでもなく、熱心な信者数名によって忌まわしき者どもは駆逐されるので心配はいらない。なお、神の直接のご加護に預かりたくば、オフ会とやらに参加するという手立てがある。

2.多神教

大勢の自称神によって形成された神様軍団がそれである。具体的には、限定されたメンバーによるブログ更新合戦を指す。ミクシィなどがそれにあたる。自称神たちのプロフィールや足跡を頼りに人脈(つか神脈)を広げ、「足跡ありがとうございます!」「トラックバックしました!」などと陽気にやりあうその様は、さながらオリュンポスの十二神のよーでもあり、宝船に乗った七福神のよーでもある。なんとも陽気な神様たちだ。しかしながら、それらの神様の間にもレッキとした序列や役割分担があるのはとーぜんで、ゼウスがいたり(コミュニティの最高神)、アフロディーテがいたり(美人モテキャラ)、アポロンがいたり(秀才クンキャラ)するのである。

3.無神論

神の存在を否定している(よーに見える)ブログもある。最初からコメントを受け付けない設定にしてあったりするのがそれで、読者は神(いや、神ではないのだ)とコンタクトすることが出来ない。ただ傍観しているだけである。しかしながら、このテの無神論ブログには1の一神教ブログよりも人気がある(アクセス数が多い)場合も珍しくなく、無神論というよりは、汎神論に近いと思われる。

4.新興宗教

1の一神教によく似ているのだが、金銭に絡んだトラップが多いのがこの宗教の特徴である。アマゾンや楽天のバナーのよーなモノが随所に散りばめられたそのブログは、クリックするたびに神様を喜ばせるお布施システムを搭載している。神様も財テクに必死である。

…とまあ、以上がブログ宗教論である。根拠のないおふざけなんで読み流してくださると幸いである。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

なんかこのノリ好きです。
懐かしい感じが...

投稿: AKi | 2008年1月 3日 (木) 22時10分

なるほど。うちは「新興宗教」ということになるわけか。
教祖は金儲けに熱心です(笑)

投稿: 江草乗 | 2008年1月 5日 (土) 20時44分

秋軍曹、今年もよろしくであります!ケロッ!
軍曹の「初飲み」はどんなカンジでしたか?

投稿: 丸の内べる | 2008年1月16日 (水) 21時17分

エグサセンセイ、今年もよろしくであります。
べるもお金だーーーいすきです!

投稿: 丸の内べる | 2008年1月16日 (水) 21時19分

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