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血だらけの幼児期

べるは、九州の地方都市で生まれました。

市街地の真ん中、いくつかのデパートとそれらをつなぐアーケード街、周辺を埋める飲食店、そんなありきたりの繁華街です。

我が家の正面に産婦人科病院があり、母は「通院も入院も楽だった」と言ってました。そりゃそーだ。目の前なんだもん。

当時の我が家は小さな株式会社で、一、二階が会社事務所と作業所、三階が住居でした。階段が急で長くて、子どもには上り下りが面倒だった記憶があります。

父の一族は商人。祖父の代からやっていたのは記念品やさんでした。カレンダーやタオルやうちわ。元祖ノベルティーグッズですね。

一階の入り口は全面ガラス張りでした。幼稚園のころ、このガラスに突っ込んで(透明で気付かなかった?)、大ケガしたことがありました。今みたいな強化ガラスじやなかったので、大破大ケガしたのです。

針金製のネズミ取りに手を突っ込み、取れなくなり、血だらけになったこともありました。その時は、ペンチで針金を一本一本切り、救出されました。

極めつけは冷蔵庫。大好きな氷を舐めようとしたら、製氷コーナーの一角に舌がくっつき、離れなくなり大騒ぎになりました。

大人たちが上から急須でぬるま湯を垂らして、凍りついた舌を剥がし救出。舌は血だらけ。なんでそんなことしたんでしょうねえ。

思えば、血だらけの幼児期だったわけです。

つづく

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