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そんな風にその場所を

「告白」という言葉がある。

どーしても「神の前で罪を打ち明ける」の解釈が頭にあるものだから、「告白のタイミング」や「お台場で告白」という表現に違和感を禁じえない。ましてや「コクッた」「コクられた」などに関しては、バチあたりなやつめ!とさえ思ってしまう。

しかし乍ら、現代ニッポンで「告白」と言ったら「異性に好意を打ち明けること」を指すのがジョーシキのようでもある。どーにも薄っぺらい「告白」だが、仕方がない。

などと脳内独り言ブツクサしつつ、三島由紀夫の「仮面の告白」を手に取ってみた。今夜はこれを読もう。

・・・・・

信じ難い、けれど至極自然なことだが、かつてとても好きだった人への感情が急速かつ確実に冷却している。少し前までは、ささやかだが希望にも似た暖かい感情が体内のどこかにあったはずだ。今はそれがどこにも見当たらない。

その人の部屋を見渡すと、処分していないゴミの袋たち、台所やテーブルにそのままになった食器や鍋、しわくちゃでしばらく交換していないシーツや枕カバー、脱ぎっぱなしの部屋着、洗濯物の山、油汚れのひどいガスコンロ…。

それらをひとつずつ丁寧に片付ける。

もう二度とこんなことはしてあげられないし、次からは新しい恋人にちゃんとやってもらいなよと思う。カレーとかシチューとかそんなのばっかり作ってもらっちゃダメだよと思う。台所とお風呂の排水溝は小まめに掃除するんだよと思う。天気のいい日は窓を開けて、たまにはカーテンも洗うんだよと思う。おみおつけの出汁はインスタントじゃなくて昆布やいりこできちんととると美味しいからねと思う。

そんなことを思いながら、隅々までキレイにしていく。スピーカーからはユキヒロの曲が静かに流れている。気分は明るく、鼻歌をくちずさむ。片付けは順調に進んでいく。まるで何かの儀式のようだ。

キレイに片付いたところでその人は感謝もしないだろう。一週間もすれば、元通りの散らかった部屋になるだろう。片付けてもらったことなどすっかり忘れてしまうだろう。

新聞とCDとDVDとパンフレット・ガイドブックの類しか見当たらない部屋。しまった、置き土産にヘミングウェイの「武器よさらば」を持ってくるんだった。チャンドラーの「長いお別れ」でもいいし、司馬遼でもいい。

そんな馬鹿げたことばかりが頭をよぎるものの、ちっとも悲しくなんかない。不思議だ。もっと感傷的な気分に見舞われるかと想像していたのに、涙腺は冷たく固く閉じ、心臓の鼓動の回数も何ら変わりない。

やがて、台所は片付き、排水溝もガスコンロも見違えるように清潔なった。シーツは新しいものに交換し、汚れものはすべて洗って干してしまった。ゴミはまとめて集積所に出した。部屋を見渡し、心地よい達成感を味わう。ふぅ、終わった。

そんな風にその場所を後にしたのだが、歩きながらもう他のことを考えていた。

「おなかがすいた、何か食べよう」

新しいじぶんが始まる気がした。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

 次いってみようぉー!

これは、今は亡き長さんの言葉。ドリフのメンバーのギャクがはじけて、収集がつかなくなって

 だめだこりぁ

と、いった後、元気よくこういっていました。今のベルさんにこの言葉を送ります。

 つぎぃーいってみようぉー

ね、元気が出てくるでしょ。

(初登場にて失礼いたしました)

投稿: た | 2009年5月16日 (土) 20時18分

立つ鳥、後を汚さず・・・ですな。
最後は何もなくなってしまうのですね。

その昔、私を振った女の子は、最後に純白のハンカチをくれました。「もう私たちの間には何もありません」という意味なのかと思いました。最初から何もなかったのだけど。

今はどうしてるかな?
彼女の働いていた百貨店は今はもうありません。もうどこかに嫁に行ったかな。

投稿: 江草乗 | 2009年5月17日 (日) 00時53分

初登場氏

上からたらいが落ちてくれば言うことありません。
ゲンキいっぱい煩悩いっぱいなので、ご安心ください。

投稿: 丸の内べる | 2009年5月17日 (日) 11時15分

エグザイルセンセイ

純白のハンカチとはまた、詩人ですね。
オトコの人はそーゆーとき何を残すものなんですか?

投稿: 丸の内べる | 2009年5月17日 (日) 11時17分

掃除や洗濯、カレーやシチューやインスタントのだしを使った味噌汁以外のまともな料理など、家事をきちんとこなすべるさん。
まるで、お母さんですね。
そして、べるさんの恋人さんは甘やかされて育ったわがまま息子みたいでした。
行き着くべくして行き着いた結末なのではないのでしょうか。

投稿: 別の初登場 | 2009年5月18日 (月) 00時10分

「お母さん」と書いて
「ウザイオンナ」ですよ、じつのところ。
それぐらいの自覚はあります。

でもまあ
仰せのとおり、最初から分かっていた結末だったのかも知れません。
あはは。

投稿: 丸の内べる | 2009年5月18日 (月) 21時27分

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