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臆病な闇の番人

4~5時間入口の受付にまったり座って、至極簡単な本の貸出しや返却業務を行って、それ以外は自習(本読んだり、論文書いたり、瞑想したり)オッケーという天国のようなバイト。それが、大学の中央図書館のバイトでした。ありがたいことに、これも先輩の紹介(辞める人がいて空きが出た)なのでした。

日中は職員がカウンターに座り、夜間は学生にバイトさせるというシフトでした。学生といってもべる以外はすべて院生。仕事は超楽勝な上に報酬もまあまあだったので、なかなか辞める人がいなかったのです。今となっては、当時いくらもらってたのか全然覚えていないのですが。

バイトは二人一組でやります。週三日でしたから、都合三人の相方がいました。教育学部の院生、工学部の院生、農学部の院生。全員ムサイ野郎でした。わが大学、自慢じゃないけどムサイ野郎とダサイオンナで構成されていたのです。ご明察の通り、べるも立派な構成員です。

この三人、単純にムサイというだけでなくすべからく個性的でありました。

教育学部の院生はものすごいオシャベリで、毎週毎週壊滅的につまらない話を絨毯爆撃のように披露してくれました。正確には、仕入れ先の分からない教授連中の悪口や噂話を時間一杯大量の言語を駆使して喋り尽くすのです。「彼ら体制側の人間は」というのがこの人の口癖でした。正直言って、文学部や教育学部の院生やってる人たちから一様に漂ってくる「エセ世捨て人」的言動にはうんざりしていたのですが、その要因に多大に貢献していたのがこの教育学部院生だったのは言うまでもありません。しつこいハエのようなカンジだったので、いつもそっと呪いをかけていました。

工学部の院生は物静かで、あの変なカルト教団の幹部みたいな人でした。背が高くて、アルカイクスマイル的表情で、白っぽいシャツをいつも着ていたのを覚えています。突然、「キミのカルマは…」なんて話しかけられたらどうしようと気になっていましたが、そんなことは一度もありませんでした。この人を大学の外で見かけたことがあります。ふわふわしたカンジで歩いていました。会釈をすると、音声はしないのに口だけが「やあ」という形で動きました。不思議な人でした。

農学部の院生はアウトローなじぶんを過度に演出していましたが、じつのところごくフツーのとても優秀な人でした。(とても優秀な人をごくフツーと形容してよいのか)時々べるには到底理解できない遺伝子レベルの話をしてくれましたが、その内容は遠い国に住む老人がつぶやく呪文のようでした。というのも、アウトロー院生はいつもブルース・スプリングスティーンみたいなしゃがれた悲しい声だったのです。悲しい遺伝子の呪文は、その人の内面から聞こえてきました。

・・・・・

4時間程度の拘束時間のうち、決められた時刻に必ずやることがありました。館内にいる利用者の人数をカウントして回るのです。野鳥の会の人が持ってるよーなアレを右手に持ち、人を見かけるたびにカチャカチャやります。今ならセンサーで自動カウントするのでしょうが、当時は見回りながら手動で数えていました。

やることは単純ですが、この中央図書館はやたらと広く、隅から隅まで回るにはコツが入ります。2階3階が通常の図書室(書架や閲覧室)で1階と地下は書庫。玄関は2階です。施設のすべてを短時間で効率よく回るルートがあり、最初の日だけ先輩が一緒に回ってくれました。思いのほか時間を要する作業でした。次からはもちろん一人で回るのです。

明るくて人が大勢いる1~3階はなんていうことはありません。問題は地下の書庫。地下に通じる重い扉を開けて非常階段を降りると、暗くて(必要な箇所だけ照明をつける)、埃っぽくて、書架が無言で並んでいるだだっ広い空間がそこにはありました。右手に冷たい計数器を持ち、その空間の決められたルートを歩きます。コツコツとじぶんの靴音を響かせ、闇の番人のように見回るのです。臆病な闇の番人。

地下書庫の所々にデスクがあり、そこに座っている人(人です、たぶん)の姿を見かけることもありました。夜遅くこんな場所で調べものをするなんて、肝試しの一環なのか、モチベーションを上げるための雰囲気作りなのか。よく分からないけど、気味が悪いことに変わりありません。

誰もいないのに、ヘンな音がしたり、気配を感じることもありました。

そうなると、駆け足で仕事を終わらせます。じぶんの靴音が変に反響して、余計に恐怖を煽るのでした。臆病なべるにとって、何かの罰ゲームのような気がしていました。いったいじぶんが何をしたというんだ。こんなオカルトなバイトがあっていいのか。

見回りを終えると、何食わぬ顔で元のカウンター席に戻ります。このバイトを始める前、紹介してくれた同じ研究室の先輩から「地下の書庫がコワイなんて絶対に他の人に喋っちゃダメだよ」と念を押されていたからです。べるは訓練された小型犬のように忠実にその言葉を守っていました。

どうしてそんな約束をしたのか分かりません。理由を説明されたような気もするし、されなかったような気もします。けれど、その約束を守らないとホントに怖いことが起きそうな気がして、平気なふりをしてバイトを続けていました。何かのおまじないだったのかも知れません。

こうやって、闇の番人のバイトを卒業まで続けました。もちろん先輩との約束も守り続け、何事もなく終えることができたのです。

今でも大きな図書館を見ると、その地下にある暗い書庫のことを想像してしまいます。埃をかぶった蔵書たちが、暗闇でひっそりと呼吸している音が聞こえてきそうです。そこにもきっと、臆病な闇の番人がいるはずです。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

読んでいて大学の図書館のことを思い出しました。
文学部の建物に併設されたその空間には、大量の
意味不明な本が鎮座していました。おそらくそれらの本の
多くは、収納されたきり誰にも読まれることが無く生涯を
終えるのだと思われました。
書庫内は何階かになっていて階段がありました。
私が恐れたのは、ついつい本に読みふけってる間に
閉館の時間がきてそのまま閉じこめられることでした。

古典文学大系や立原道造全集が並ぶ自分の書庫を見ながら
広大な書庫を手に入れることは本好きの夢なんだと思います。司馬遼太郎記念館はまさに巨大な本棚が展示物ですし。

投稿: 江草乗 | 2009年6月 3日 (水) 21時24分

エグザイルセンセイ

わがイナカ大学も学部の建物に書庫が併設されていました。
そして、そこはホントに怖い場所でした。

京都大学ってじつは行ったことないのです。
どんなカンジなんだろ。

投稿: 丸の内べる | 2009年6月 9日 (火) 01時26分

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