雨音の奏でる不思議な旋律
あれから十日以上経ち、サキエに日常が戻ってきた。朝起きて、電車に乗って、会社に行く。モニターを見ながらキーを叩く日々。食欲はあるし、顔色も悪くない。
こんなとき実家暮らしってありがたい。母親の作った夕食を食べて、夜は早めに布団に入る。大丈夫、わたしは不幸せなんかじゃない。
手術の日の朝、雨が降っていた。傘にポツポツ当たる雨音は不思議な旋律を奏でていた。その音は遠い国の都会の雑踏を連想させた。
虚ろな足取りで駅に向かい、総武線の満員電車に身を委ねた。すぐ傍で誰かが聞いてるiPodから音が漏れている。その音に集中していたら、あっという間に代々木に着いた。
病院での一連の処置は短時間で終わり、13時には同じ電車に乗って帰宅していた。
「手術終わったよ」とだけタツオにメールしたが、返事はなかった。まあいいや。早く戻って寝てしまおう。そうすれば何もかもがリセットされるに違いない。
帰りの電車はさほど混んでいなかったが、気分が悪くなり、三鷹駅のホームの端でサキエは吐いてしまった。手術の後に食べた少量のクッキーの残骸が地面を汚してしまう。サキエには吐き出したそれが罪悪感の残骸に思えた。もう自分の身体の中には何も入っていないのだ。
・・・・・
サキエは少し変わった。
今働いている会社は今年いっぱいで辞め、別の仕事に就こうと考えている。貯金もしよう。タツオのことは後回しだ。いずれ、手術の費用を返してもらわなくてはいけない。
手術の日からずっとサキエの頭の中には、雨音の奏でていた不思議な旋律が流れ続けている。
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