Water ways flow backward again

所用のついでに、一人ふらっと箱根湯本まで足を伸ばした。何年ぶりの箱根だろう。

まず驚いたのが、湯本の駅が大改装されてキレイになっていたことだ。現在も一部工事中ではあるが、昔の古くて暗い(でもアレはアレで味があった)駅舎や地下道(コレは結構怖かった)もなくなった。明るくて開放的なコンコースには、箱根カフェなんてのもある。ネルフの人類補完計画が着実に進んでいるようだ。(おい)

さて、湯本について真先に目指すのは梅干の「藤屋」だ。駅前の商店街を道なりに登っていくこと五分。消防署とセブンイレブンを過ぎたその先にある。比較的地味な看板と暖簾の店構えだが、所狭しと梅干しが並んでいる。店の奥には梅干しを漬けた大きな樽があり、甘酸っぱい梅の香りが漂っている。

一口に梅干といっても、梅の大きさや味付け(塩、紫蘇、はちみつ)そして塩分によって実に様々な種類があるのだ。丸の内はその中でも「はちみつ梅」が気に入ってる。塩分が 8% と非常にまろやかで、おやつに丁度いい。

梅干の次はパン。これも買うとこが決まっている。富士屋ホテルのピコットというパン屋さんがめっぽうウマイのだ。ごくフツーのテーブルロールを買って、どこかで食べることにする。途中でビールを調達するのも忘れてはならない。

早川に向かう。

赤い欄干のあじさい橋を渡り、湯本富士屋ホテル側の河川敷に降りる。サンダルを脱いで、ゴウゴウと流れる早川の冷たい水に足を浸す。周囲は箱根の緑、少し遠くにロマンスカーが見える。そして渓流。うわー、これって小田急の CF の世界やんか。

てなわけで、小田急 CF 気分でビール飲みながら、ぼーっとして一時間以上を過ごした。観光客でゴチャゴチャしているお店なんかより、ずーっとイイ。自称、箱根の上級者である。

途中、オタク風味の三人組がやってきた。野暮ったい服装にリュックでデジカメやケータイでただただ写真を撮りまくっている。コイツら、エバ~の聖地巡礼でもやってんのか?うちひとりは、哀フォ~ンを取り出して、何やらシャカシャカやっている。もしや、「箱根湯本ナウ」などと Twitter に 投稿 してるのでは?

その「ナウ」ちゅーのだけは気色悪リィからヤメトケ!

と彼らの背中に念を送っておいた。

・・・・・

川の流れをただ眺める、というのはヒジョ~にヒーリング効果がある。脳内の余分なモノが洗い流されて、ココロがすっぴんになった気がする。ここ数日食欲なくてぐったりしてたけど、少し回復した。

疲れていたり、行き詰っていたり、くすぶっていたり。そんな時はまたここに来よう。おいしい空気と緑と風と、冷たい川の流れが待っている。

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アナタは露天風呂で前を隠しますか?

旅行の一日目、ホテルに到着するとソク浴衣&丹前に着替えて露天風呂に向かった。新緑に包まれた渓流があり、目と耳でそれを味わう。テレ東の「いい旅夢気分」の世界がそこにはあった。

テンションあがり気味で思わず撮影。露天風呂にケータイカメラ持ち込むなんざー、 無粋でヘンタイだぜベイベー。

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撮影のあとは、迷わずとつにゅー。二つの露天風呂を行ったり来たりして滑らかなお湯をこれでもかと満喫した。あふれ出す脳内解放ドーパミンにあらがえない。地中海のヌーディスト村に集う連中のキモチがなんとなく理解できる。すっぽんぽんサイコー!

誰もいないのをいいことに、ザブーンやったり泳いだり、やりたい放題だ。ひゃっほう、キモチイイ。

しばらくすると、それまで貸切状態だったこの地上の楽園にほかの客が数名やってきた。仕方がないのでいちおーおとなしく、それでも引き続き両方のお湯を交互に楽しむ。彼ら、もとい彼女らは一様に白いタオルで前を隠し、そそと端っこに身体を沈めた。中には、お湯の中でも背中を丸めて身体を隠すような姿勢をとっている人も。

なんで隠すのかワケワカメ酒!(死語)である。

などとやってるうち…湯あたりしてのぼせてしまった。一時間も温泉をエンジョイしたからである。

・・・・・

その夜の宴会で、一人のご婦人に指摘された。

「アナタ、さっき露天風呂で前も隠さずにど真ん中に入ってたわね」

「あ、はい」

「ビックリしたわ」

「はあ」

「タオルとかで隠さないの?」

「はあ」

「おまけに、風呂上りに裸でソファーで仰向けになってたでしょ」

「あ、のぼせちゃって」

「そのときもスゴイ格好だったわね」

「す、すみません」

「それで、ダイジョウブなの?」

「はい、もうすっかりよくなりました」

「あらそう」

露天風呂ぐらいスキに入っていいやんか!オンナ風呂だろ!すっぽんぽんで何が悪い!

…むなしく脳内で反論しましたとさ。アナタは露天風呂で前を隠しますか?

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爺婆的団体行動バスツアー

先週、一泊二日で甲府善光寺〜蓼科温泉〜長野善光寺と観光してきました。ステキな殿方とのアバンチュール(死語)でもなければ、オンナひとりのセンチメンタルジャーニー(死語)でもありません。お寺の檀家爺婆と一緒の団体行動バスツアーです。

平均年齢70歳ってとこでしょうか。中には80歳を越えた方もいます。み仏パワーなのか、ゲンキいっぱい熱気むんむんの爺婆でした。

爺婆の最大の特徴は、ケータイを決してマナーモードなどにしないことです。車中のあちこちで着信音が鳴り、めいめい勝手に喋っています。「ほら○○さん、デンワ鳴ってるわよ!」と声を掛けるステキおせっかい婆もいますし、「町内会の世話人が○○○なんて言いやがるんだ」と通話内容を周りの人にお披露目する爺もいます。みんなとってもオープンマインド!サイレントモードでこそこそメールしているじぶんがチキンに思えてきます。

ところで、通路挟んで隣に座ってたジジイ(さいしょはオジサマだと思ってたけど、すぐに評価がジジイに成り下がった)の時空を超えたナンパ行為にめまいがしました。どこかの飲み屋とカン違いしているのか、べるのことを「ママ」と呼んでみたり、「ほしいものがあれば何でも買ってあげる」などと魔法のお財布作戦を展開してみたり、挙句の果ては聞きたくもない「自称ジゴロ(死語)の恋愛遍歴」を太宰治風味に語りだしてみたり…。

あまりのうっとうしさに幹事の住職さんに泣きついたら、「あ、ごめん、丸の内さんなら対応できると思って」って。キャバ嬢ぢゃないつーの。仕方ないので、日本酒を三合ぐらい飲ませて撃沈しときました。こんにゃろ。

・・・・・

宿泊先は、蓼科グランドホテル滝の湯とかいうデッカイ温泉。お部屋について、お風呂入って、浴衣に着替えて、いよいよ宴会です。

悲しいことにビールがスーパードライでしたが、文句は言えません。お約束の「キミいくつ?」「どこからきたの?」「シゴトは?」といった爺連中の集中砲火を被弾しつつも、テキトーに宴は進行しました。この爺連中の情報共有手段「クチコミ」の威力はすさまじものがあります。住職さんしか知らない情報を、「聞くところによると~」とほとんど全員が知っていたのです。知っててさらにアレコレ詮索するパワーがすごい!

住職さんに「なんでみんなに話したのか?」と詰め寄ると、「え?話したのは一人だけど。それも、あんまりシツコク聞かれるからさ」とのお答え。むぅー、モノの数十分でパンデミックだったようであります。

カラオケが始まりました。

リクエストを受けて、本で曲の番号を探し、リモコン入力操作するのは仲居さんのシゴトです。ところが、この仲居さん、ひとりは60過ぎで目が悪く、曲の番号を探すのに時間が相当かかります。もうひとりは20代と若いのですが、日本語の読めないアジアン娘です。あうあう。

必然的に、べるがカラオケ行政担当を引き受ける羽目になりました。演歌、軍歌、デュエット歌謡曲、なんでもござれです。気がつけば、宴会の後半はずっとリモコン操作していましたとさ。なんでこーなっちゃうの? 

画像は、善光寺仲見世の土産物店に売ってた手ぬぐいです。

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「偽らず真心 頼らず努力」の横にちゃっかり「世渡りの道」があるあたりが、お釈迦様の懐の深さであります。

(つづく)

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隅田川で橋に酔いしれる

先日、隅田川の水上バスで浅草~日の出桟橋間を往復した。所要時間は片道約40分。往路はガイドさんの肉声によるガイド、復路は2ヶ国語(?)の音声テープによるガイドがあり、観光客気分を味わうことができる。船はもちろん、自称「橋フェチ」にはたまらないクルージングであった。

東京湾側から順番に橋を紹介する。(クリックするとデカクなる仕様)

・ 勝鬨橋

有名なバンザイ橋。船舶の通過に合わせて、橋の中央部分がバンザイのような形で上方に開くという構造である。完成したのは1940年というから驚きだ。技術国日本。また、この橋にはどうしても両津勘吉が開けたというイメージがつきまとう。ガイドさんの説明によると、この橋は現在も可動であるが、動作確認等整備には約10億円必要であるため今のところ未定らしい。10億円かぁ。ビルゲイツのポケットマネーでちょいと動かしてみてよ。

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・ 佃大橋

1964年竣工。東京五輪の年である。この一帯はかつて佃島と呼ばれており、橋が出来る前は「佃の渡し」によって両岸の行き来がなされていた。このあたりで採れた貝や小魚を保存食として甘辛く煮詰めたものが佃煮である。また、IHI(石川島播磨重工)の跡地でもあり、軍艦マニアにもたまらないスポットである。新しい佃橋のシンボルは無機質な天空城、聖路加タワーで決まり。

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・ 中央大橋

何とも没個性的ネーミング。なぜなら1993年竣工の若造だからである。隅田川とセーヌ川は何でも友好関係らしくて、その記念に寄贈されたブロンズ像が配されている。へーそうですか、ってカンジ。

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・ 永代橋

旧橋は江戸時代、幕府の永代の繁栄を願ってこの名がついたと言われている。現在の橋は1926年に再架橋されたものである。地下には東京メトロ東西線が通っている。

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・ 隅田川大橋

首都高である。したがってただのまっすぐな橋である。ちと殺風景。地下は半蔵門線が通っている。右岸に読売新聞社の建物があり、レゴブロックにも似たそのデザインに目を引く。ぽっかり開いた真ん中の穴は、近隣住宅の日照権に配慮したものなんだそうである。

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・ 清州橋

なんとも優雅な橋である。ドイツの吊橋をモデルにしているらしく、欧風なたたずまいで魅了する。永代橋が「帝都東京の門」と呼ばれていたのに対して、この清州橋は「震災復興の華」。すなわち、関東大震災の復興シンボルだったのである。さらに、勝鬨橋、永代橋、清州橋は国の重文としても知られている。なるほど、圧倒的な存在感だ。

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・ 新大橋

新とついているがその歴史は古く、最初に架橋されたのは江戸時代に遡る。当時、両国橋を大橋と呼んでいたためこの名がついた。また、芭蕉庵はこの橋のすぐ傍にあった。

・ 両国橋

こちらがその両国橋。両国とは、武蔵国と上総国である。(総武線の由来もこれ)江戸時代から幾度もの架け替えを経て、現在の姿になったのは1932年だ。神田川との合流地点近くでもある。現在は、言わずと知れたお相撲さんの町。

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・ JR総武線鉄道橋(総武線隅田川橋梁)

両国駅~浅草橋駅間に位置する鉄橋である。ちょうど電車が通ったので気分よく撮影できた。鉄橋フェチにはたまらない。

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・ 蔵前橋

このあたりは江戸幕府の蔵が立ち並ぶ蔵前通りと呼ばれていたことに由来する。竣工は1927年である。以前の国技館はこの場所にあった。また、東京大空襲で多くの人が押し寄せ、ここで命が失われた悲しい歴史の場所でもある。

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・ 厩橋

現在の橋が竣工されたのは1929年。名前の由来はもちろん馬を繋ぐ厩があったからだである。ダービーの願掛けに手を合わせた。

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・ 駒形橋

近くに駒形堂があることに由来。馬頭観音がご本尊として祀られている。ああ、ここでも願掛け。竣工は1927年である。

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・ 吾妻橋

水上バスの旅もそろそろおしまい。浅草である。この橋は雷門通りでもある。赤い色も雷門をイメージしているのか?また、このあたりには屋形船の船着き場も多く、花見や花火のシーズンのにぎわいを想像させる。まさに、日本の元祖レジャースポットである。橋の竣工は1931年。

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この先上流に向かって、東武の鉄道橋、お団子で有名な言問橋、桜橋、白髭橋と続く。隅田川で橋に酔いしれたのは言うまでもない。橋はロマンだ。

帰宅後、これらの画像を地図に画像を貼り付けるなどして整理した。橋の由来や近辺の情報も書き込めばちょっとした夏休みの自由研究ではないか。

「こーゆーのをさあ、ヤフオクで自由研究1件2000円とかで売ろうかな?他にもいろいろ作って売ったら、あぶく銭になりそー」と後輩に話したら、冷やかな視線が返ってきた。ウソです、ごめんなさい。

最後に、吾妻橋のそばにあるニッカウィスキーの広告。ブラックニッカのパッケージでおなじみのオジサマだが、この人の名前は?

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正解はローリー卿。ニッカの余市蒸留所で知った。ススキノ交差点にも巨大ローリー卿がいるよね。ヒゲのウィスキー。

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東京駅から汐留まで

東京駅から汐留まで歩いてみました。

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駅舎は復元工事中で、周囲を塀に覆われていました。振り向くと丸ビルがニョッキリ。丸の内べるが丸の内ビルにごあいさつ。

線路に沿って進むと、お馴染みのはとバスコーナー。じつはまだ一度も乗ったことがありません。はとバスってどうして黄色なんだろー。

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ガード下にはイイカンジのお店がたくさんあります。立ち食い寿司の「葵」もそのひとつ。まだ営業が始まっていませんでした。

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有楽町駅を通過し、桜田通りを渡ってすぐのところにモルトバーがあります。「キャンベルタウンロッホ」というそのお店は、狭い階段を降りた地下一階。ありえない狭さとありえない椅子(おそろしく座り心地が悪い)とありえない暗さ。そして、ありえないモルトのラインナップ。深夜はバーテンダーの情報交換の場でもあるらしいと聞きます。モルト好きにとってはまさに聖地のようなお店です。超オススメ。

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さて、その先には焼きとん屋さんが沢山あります。べるが昔からヒイキにしているのは、「登運とん」であります。ビール大瓶と煮込みで一休み。お昼からオヤジ連中に混じって一人酒なり。

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この後は、マリオン方面に進み、銀座中央通りを歩きます。画像は、時々東京タワーと間違えられる東京電力。

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こちらが、本物の東京タワー。あちこち寄り道したので、汐留つく頃にはイイカンジに日が暮れていました。

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一日前にも同じ店に行ったのですが、その時はこんな東京タワーでしたよ。

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このあとは、いつものおうどんやさんのご夫妻と合流して、楽しく食事したのであります。貴重な休日にお付き合いいただき、感謝した次第。

…小学生のような日記だ。

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鉄橋×あさり×上総の地酒

思うところあり、グリーン券と駅弁(鰺の押し寿司)をSuicaで買うと、君津行の横須賀線に乗りました。お天気のいい一日になりそうな予感です。(画像はクリックするとデカくなる仕様)

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最初の目的地は、木更津。

大昔の読者の方ならご存知かもですが、当サイトは木更津方面に少なからず縁がございまして、普段滅多に利用しない東京から先(総武快速線)に行ってみようかと思い立ったのであります。

この路線はいいですね。荒川やら江戸川やらたくさんの河川を渡るのですが、そのたびにダイスキな鉄橋をガタンゴトンと通過します。鉄橋は見ているだけでもよいのですが、実際に通過するときの醍醐味が何とも言えません。

ほぼ毎日渡っている多摩川は、朝は満員で景色なんて見る余裕ないし、帰りは真っ暗。わずかに渡るときの振動を感じるのみ。

やはり、お天気のいい日に渡る鉄橋はサイコーでする。鉄橋フェチ。

木更津に到着すると市内を少しぶらぶら。狸囃子で有名な證誠寺もいちおー行きましたが、すぐ隣にド派手ホテルが建っているではありませんか。お寺では狸がぽんぽこしていて、お隣ではカップルがにゃんにゃんしているのでしょう。和尚さんも負けるな!であります。

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木更津といえば、あさり。早速、「宝家」という老舗の日本料理屋さんへ伺いました。お昼のメニューはあさり御膳。

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あさりご飯に、あさりのおみおつけ、あさりのかき揚げ、あさりの佃煮。あさり尽くしでございます。ホントに全部地元のあさりかどーかは定かではありませんが、(現に港近くのおみやげ屋さんでは、熊本産のあさりが売られていました)、高級店なので気にしない気にしない。地酒を飲みながら、堪能しました。

木更津はあさりの町でした。

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お次は君津。改札を出て、ものすごーくさびしい感じの漂う駅前ロータリにいる地元の人をつかまえて、「この辺に酒屋さんありますか?」と尋ねます。「五分ぐらい歩くと大きなスーパーがあるよ」と教えてもらいテクテク。

確かに三階建てくらいのショッピングセンター(食料品から家電まで売ってるよーな)があったのですが、お目当ての地酒は見つからず。スーパーだし、仕方ないか。

そこで諦めるような丸の内ではございません。お酒売り場の店員さん(とても優しそう)に、「他にお酒売ってるところありませんか?」と食い下がると、「歩くと二十分くらいかかるけど…」と丁寧に教えてくださいました。ヤター!

暖かく埃っぽい春風の中、地酒を求めて歩き続け、「腰古井(こしごい)」と「峯の精」を買い求めました。帰りも、四合瓶を三本ぶらさげてトボトボ。君津の重い思い出です。

とまあ、こんなことして夕方まで過ごし、再び内房線総武線と乗り継いで帰還しました。帰りも鉄橋のガタンゴトンを堪能したのは言うまでもありません。

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鎮守府呉の誇りと栄光

二日目は呉を訪ねました。言わすと知れた鎮守府、戦艦大和のふるさとです。

同じ軍港でも横須賀とは全く異なる佇まいの街です。

大和ミュージアムを見学したり、現役の軍艦や潜水艦が停泊している港に行ったりしましたが、人々の暮らす街の中にも当時の面影がちゃんとありました。

現在は観光都市として様々な試みがなされているようですが、呉の人々はかつて鎮守府として国を守ってきたという誇りと栄光を今も大切にしていました。

肉じゃがやカレーと言った海軍時代の献立を当時のまま作り続けている街の食堂のご主人、大和のことを誇らしげに語るバスの運転手さん、皆さん奢ることのないいい顔をしていました。

また訪ねたくなる街でした。

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走れ!タカハシ(サヨナラ広島市民球場)

昨日から広島に来ています。

昨日は今年一番の冷え込みで、なんと初雪が。都内より寒いじゃありませんか、安芸の国は。

新幹線で午前中には到着し、簡単な(でもないが)食事をし、目指すは広島市民球場。往年の名選手によるOBオールスター戦が開かれたのです。

古葉さん、山本浩二、衣笠、外木場、達川、大野豊…と広島ファンならずとも感涙モノのメンバーが勢揃い。入り口ではプログラムと一緒に市民球場の土(小瓶に詰めてある)を配っていました。

試合は終始なごやかなムード。その中にあって、高橋慶彦は現役時代を彷彿とさせるプレーで沸かせました。ホームスチールを刺されるという元気一杯の若さです。カコイイ!

思わず、村上龍の「走れ!タカハシ」を思い出してしまいました。

雪のちらつく広島市民球場で誰もがこう祈ったはず。

走れ!タカハシ!

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博多っ子純情ばい!

野球の帰り、タクシーで六本松の焼き鳥屋さんに向かいました。今年の一月も訪問したお店です。

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事前に、「二十日に行くよ~」ってデンワしてあったのですが、暖簾をくぐりガラガラと扉を開けた途端、「遅かばい!」と博多弁で歓迎(?)されました。なんだかケンカ売ってるみたいな口調ですが、これが生粋の博多弁です。

お土産を渡して、焼酎のお湯割りといつもの(!)豚足を注文して、遅い晩ご飯です。

べるが西鉄のユニフォームを着てたので、カウンターに座っていたお客さんも、「お、今日はライオンズ勝ったばい!」と声をかけてくれました。どーみても、大学関係者です。

この店に昔からいる板さん。いつも寡黙に串をさしたり、焼いたり、と働いているのですが(ホント昔から)、珍しく今夜は、「べるちゃん、それ、どこで買ったと?」と話しかけてきました。

「んと、六月に西武ドームの試合があって、そのチケット買うときに一緒に」

「そうね、よー似合おっとーばい」

「ほら、帽子もあるんだよ!」(と、かぶってみせる)

「おお~、よかね~!」

「応援の旗も!」(調子に乗って旗まで披露)

「うわー、なつかしかー、西鉄のマークやなかね!」

「そうそう、昔の西鉄バスのマークだよね」

「ちょっと、この帽子かぶってみる?」

「よかと?」(ウレシそーに手に取り、かぶってみる)

「似合ってますよ~!」

「・・・・・」(感無量)

どーやら、板さんはですね、もう筋金入りの西鉄ファンでして(おいくつなんだろ?)、稲尾の現役時代の話とかイキイキとされるのですよ。平和台のこととか。

べるが「背番号24だよ」と見せたら、とても懐かしそうな表情をしていました。

まさに、「博多っ子純情」そのものでした。

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